book

横浜の「十三夜の月」

横浜に越してきて、一ヶ月が経つ。先日、義妹が車で妻と元町にあるフランスの冷凍食材を扱う店に買い出しに行くので一緒に連れて行ってもらった。久しぶりに快晴の日曜日で、家から30分ぐらいで元町に着いた。何年ぶりかで歩行者天国の元町を杖ついてゆっくりと散策した。


喫茶店も家具屋さんも以前と何も変わらない。元町は高い建物がないので真っ青な空が通りの向こういっぱいに広がっている。二人は買い物をするというので私はベンチに座り、一人で待ちながら行き来する人たちを眺めていた。相変わらずこの通りは犬を連れた人が多い。老夫婦、若い家族連れ、そのありふれた景色をボンヤリと見ていると急に何故か胸が締め付けられ「やっぱり生きていて良かった…」の感情が押し寄せて来て泣きそうになった、いつもの元町に…。在るべき店があり、大きなビルに吸収されずに旧くからの個人商店が残る元町のあり様に気持ちが入ったのかもしれない。

帰り路、街並みを抜けて少し高台の住宅街に入る。カーブを切り前方が開けた瞬間に夜空に凄く綺麗な月が現れた。この日は十三夜の月であった。

『歌うように伝えたい』重版決定しました!

お陰様でエッセイ『歌うように伝えたい』は好調な売れ行きとなり、都内の主な書店さんも在庫が少なくなり、発売後1週間で大手のネット販売では在庫が切れて品切れとなりまして、ご迷惑をおかけしております。出版社のほうですぐに重版が決まりまして、近いうちに充分な対応ができると思います。ぜひ『歌うように伝えたい』を手にとって見て頂ければ嬉しいです。

エッセイ『歌うように伝えたい』の発売開始!

多くの反響があり本当に嬉しく思っています。

6月20日(日)午後12時15分「トーキングウィズ松尾堂」
NHK FMのラジオ番組を2時間にわたって収録しました。『歌うように伝えたい』の本について、そして心と身体の整え方を、司会の松尾貴史さん、加藤紀子さんにリードしていただきながら、田中ウルヴェ京さんと一緒に愉しくトークして、自分の本のこと、現在の身体のことなどを話せました。聴いてください。「らじる★らじる」で聴き逃し配信もあります。

そして毎日新聞の6月21日(月)の夕刊で、この本についてのインタビュー記事が掲載されます。

このエッセイ『歌うように伝えたい』のメディアの取材と情報の告知はしばらく続きそうですが、私も心を込めて、私の分身でもあるこの本を皆様に、多くの人が手に取って下さることを祈って、色んな媒体で発信し続けたいと思っています。

『歌うように伝えたい』の発売を前に。

画家ささめやゆき様の個展に乃木坂の画廊を訪ねた。この度、私が書き下ろしたエッセイが6月15日に発売になる。その『歌うように伝えたい』の本のカバーにささめや様の絵を使わせてもらった。
30年前にやはり、ささめや様が宮沢賢治の『ガドルフの百合』を絵本にされた時、その個展で家内が原画の一枚を買った。それ以来ずっと居間に掛けていたその絵を私はこの本の装画として使いたくて、ささめや様に許してもらい使用した、その御礼の挨拶に行ったのだ。そう私はガドルフなのだと思い続けてこのエッセイを書いていたのだ。

おれの恋は、いまあの百合なのだ、百合の花なのだ、砕けるなよ!
一瞬の稲妻の閃光の中でひときわ白く浮かびあがる百合の花、ガドルフはその百合に力強く願いを込める。ガドルフの、いや私にとっての百合はなんだろう……。

生き残った命のカケラと記憶の底の、また底の……いくら目をこらしても、もう見えなくなってしまった、見失ってしまったことへの焦躁と憧憬。そんなエッセイを書いてみたかったのだ。灯りを消した薄暗い画廊で、ささめや画伯の幻燈紙芝居を観ながら、私はそんな事を思っていた。

お知らせとして。

書き下ろしエッセイ『歌うように伝えたい』塩見三省著

発売日は6月15日  全国書店にて 定価;1870円 発行;角川春樹事務所

本と街

ここ大川「隅田川」の流れと共に暮らし40年を超える。しかしこの秋に横浜に引っ越すことにした。時間はまだあるが、少しずつ溢れ出した本の整理を始めた。狭い家のせいで本が溜まると何年かに一度、本の出張買取のS堂さんに来てもらっていたので、今回も頼んだ。若いご主人だが本のことをよく知っていて楽しい。私の長兄は30年前に亡くなっているのだが、彼の所有していた太宰治、島尾敏雄、織田作之助などの戦後まもない頃に出版された初版本が私の手元にあり、これを処分するのならと神保町の古書を扱われている店の中でも最も信用度のある書店を紹介された。

都内に緊急事態宣言の出される前の日、晴れた土曜日に、季節は少し早めだが、神保町のすずらん通りの揚子江菜館で、我が家毎年恒例の富士山(冷やし中華)を食べる目的も合わせて、その書店に兄貴の本を持ち込んだ。結果は私が大事に保管していなかったこともあり、思っていた値にはならなかったが、ツマはその古書店の静かな整然とした感じ、古書の山に、本を愛する雰囲気に魅せられていた。私はこの店で兄貴の本を処分してもらおうと思った。しかし、その中で思い出のために織田作之助の本を一冊だけ返してもらうことにした。近くの文房堂に行き、本の売値からすると高くついたが本の額装を頼み、ツマと揚子江菜館で昼御飯を食べ、少し神保町を散策して帰宅した。明日からは感染症のために古本屋さんまでもが休業するという。
いつもは少し裏道に入り「ミロンガ」などでお茶をするのだが、横浜に行けば、なかなか神保町にも来れないと思い、何年ぶりかで「さぼうる」に寄った。洋菓子の柏水堂、餃子のスイートポーヅなどは無くなったが、店も来ている人たちも神保町はいつもあまり変わらないのが好きだ。この古書の町で処分したこと、まあ兄貴も許してくれるだろう…。

本と私

病に倒れて7年が経つ。手足の不具合のリハビリや、たまの撮影の間にポツポツと、闘病のこと、亡くなられた忘れられないあの人たちのこと、今を励まされながらの大切な人たち、消えて忘れ去られた風景や時代のことなどを、ここ3年ぐらいかけて書いてきた。それが一冊の本として、私の初めての書き下ろしエッセイとして出版されることが決まった。6月半ばに刊行予定で、詳しくはまた5月の終わりにはお知らせできると思います。
俳優を生業として生きてきたが、病に倒れて不断の苦しみの中から、どうやら、もう一つの表現の道を与えられたようである。
幸せなことである。

映画『ノマドランド』の世界

映画『ノマドランド』は、社会から置き去りにされた、いや社会を置き去りにしたかのようなファーン(フランシス・マクドーマンド)と、彼女とすれ合う人たちを、クロエ・ジャオ監督は前作同様、カメラが撮らえる圧倒的で見事な自然の描写の中にその人間たちを放り込む。それゆえにか、そこで交わされるノマドたちの抑制された会話、営みは全てがあまりに詩的である。アマゾンの巨大倉庫すらも自然の砂漠のように見えてくる。

私は途中から、もしかして私が観ている、今スクリーンに映されているランドはこの世の世界ではない、あちら側の世界なのではないかと思った。それはファーンを一人で象徴的な自然の中に立たせる場面が多くて、その孤立の有り様が神がかったショットであり、会話、貧困、病、食、排泄などをリアルに撮ってはいるが、全体が何か大きなものに包まれていて、あまりにも絵画的で哲学的なものであったからだ。ノマドの世界の生態を描いてはいるが、この映画はもちろんドキュメントなどではなく、また映画館の席で映画のフィクションを愉しむものでもない。作り手の意思と文学的な作為が感じられるスクリーンに映し出されたものを私は観るのではなく、ただただ浴びていた。嫌いではない、むしろこの映画と私自身の距離感、関係性は好きである。

映画『ザ・ライダー』を観る。クロエ・ジャオ監督

やっと配信で映画『ザ・ライダー』を観た。中国系女性監督が撮った、アメリカの片田舎でのロデオを取り巻く人間模様である。いわゆる現代のカウボーイの姿なのであるが、優しく包まれ、それでいて夢の先をシリアスな目線で描かれている。

数年前に、私自身が頭を傷つけてその後遺症を抱え、以前のような自分のあるべき姿を見失い、アイデンティティを模索し苦しんだだけに、また元の居場所に戻ろうとする主人公の思いと行動に共感し、彼の気持ちの流れに胸がしめつけられた。そして家族、友人のあり様と、カメラが捉えた見事な大自然の風景の素晴らしさに息を呑む。ラストの結末に私は「それでも生きていく」という人間の切なさと強さを思った。

キャスト・エンドロールで家族も友人も俳優でなく本人が演じていることがわかり、そこに映画というものの可能性と奇跡が信じられ、私は静かな余韻と感動に包み込まれた。

この3月には監督の新作『ノマドランド』が公開されるという。愉しみである。

ドラマ「ハルカの光」の撮影現場が灯す温かいヒカリ

   

「ドラマ観ている人の想いをスーッと画面に惹きつけるように……そんな気持ちをあなたも感じながら……ね」私の右側に添えられたアリフのカメラを覗きながらカメラマンの河津さんが、ピントを合わせている助手さんに小声で囁いている。私の前、カメラの先にはこのドラマのヒロイン・黒島結菜さんと店長役の古舘寛治さん、その奥には赤い縁取りの大きなガラス窓に冬の日差しが差し込んでいる。私の左隣には渡辺大知君。ここは旧い街角に撮影場所として作られた、照明の名作を展示販売している店である。私と大知君はここに客として来ている。

11月の末、キャストは私と前記の三人。一つの素晴らしい名作照明を囲んで、穏やかでゆったりと的確な一人ひとりの演技が素晴らしい。私はその中にいることが、なにか、もの凄く貴重でかけがえのない大切な時間を過ごしているようで幸せな場所であった。撮影自体が大きな構えを取らないで、感染症にも気を遣いながら、みんながプロで無駄なく動き、プロデューサーの長澤さんが自ら動いて静かに次の用意をされている。私たち俳優は微妙なニュアンスの雰囲気を演じることに傾注し、後は監督の松原さんに任せている。撮影という虚構の中の関係なのであるが、それ故にか、このキャスト、スタッフ含めて十人くらいの人たちの貌が見えて、私には堪らなく愉しく気持ちが良い撮影現場であった。私達が囲むテーブルの前に置かれた一つの照明の灯りそれ自体が素晴らしい光を放っているのだが、また同時に影までもが何かを表している。

東日本大震災の十年目復興に向けてのドラマとしての光の物語である。ハルカ役の黒島さんを軸にしてジンワリと、人の胸に、心に染むドラマになっていると思う。あの撮影現場の雰囲気を伝えることができれば良いなと思う。ドラマを届けるということは皆がスーッと静かに画面に惹きつける、惹きつけられることなのだろうと思った。

NHK Eテレ ドラマ「ハルカの光」 

出演:黒島結菜、古舘寛治、イッセー尾形、渡辺大知ほか

脚本:矢島弘一 プロデューサー/演出:長澤佳也 松原弘志

制作統括:樋口俊一(NHK) 川崎直子(NHKエンタープライズ) 小川直彦(スパークル) 

2021年2月8日放送開始 NHK Eテレ 毎週月曜夜7時25分〜(全5回)

*第2話のゲストとして出演します(2月15日放送)

      

「天使にリクエストを」初回の放送を観て。

NHK土曜ドラマ「天使にリクエストを〜人生最後の願い〜」は、感染症と長梅雨の中、再々クランクインから2ヶ月間で全5話を一挙に撮られた。台本ではロケが多く、制作スタッフ、レギュラーの人たちのスケジュールは大変だったろう。

個人的には、映画、ドラマでご一緒していた倍賞美津子さんと再会した。同じシーンはなかったがスタジオの前室で逢うことができた。顔を見て少しお互いの近況を話すだけで私は胸が詰まった。そして姉御に勇気と励ましをもらった。

主役の江口さんとは何度も共演しているが、今回、私はこの不具合の身体で思い切り彼に預けた芝居をしたが、フワァと包み込むように受け止めてくれ、緊迫感の中に温かいものが流れたのが芝居中に感じられて私は幸福者であった。そして上白石さん、志尊君のお二人も話はあまりしなかったが、フラットに接してくれて、新しいテンポとスタイルで私を少し驚かせてくれ楽しかった。

感染症の中で制約を受け厳しい状況でありながら、大森寿美男さんの命についての素敵な脚本を具現化し見事なドラマに仕上げた全てのスタッフを改めてリスペクトしたい。  

今、私はいつもラストソングのつもりで演っている。今回は歌えたかな…。