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「天使にリクエストを」初回の放送を観て。

NHK土曜ドラマ「天使にリクエストを〜人生最後の願い〜」は、感染症と長梅雨の中、再々クランクインから2ヶ月間で全5話を一挙に撮られた。台本ではロケが多く、制作スタッフ、レギュラーの人たちのスケジュールは大変だったろう。

個人的には、映画、ドラマでご一緒していた倍賞美津子さんと再会した。同じシーンはなかったがスタジオの前室で逢うことができた。顔を見て少しお互いの近況を話すだけで私は胸が詰まった。そして姉御に勇気と励ましをもらった。

主役の江口さんとは何度も共演しているが、今回、私はこの不具合の身体で思い切り彼に預けた芝居をしたが、フワァと包み込むように受け止めてくれ、緊迫感の中に温かいものが流れたのが芝居中に感じられて私は幸福者であった。そして上白石さん、志尊君のお二人も話はあまりしなかったが、フラットに接してくれて、新しいテンポとスタイルで私を少し驚かせてくれ楽しかった。

感染症の中で制約を受け厳しい状況でありながら、大森寿美男さんの命についての素敵な脚本を具現化し見事なドラマに仕上げた全てのスタッフを改めてリスペクトしたい。  

今、私はいつもラストソングのつもりで演っている。今回は歌えたかな…。

NHK土曜ドラマ「天使にリクエストを」 の撮影にて

3月の終わり、ドラマの衣裳合わせで渋谷のNHKに行った。その日は東京に季節はずれの大雪が降った。クランクインは4月の予定だったが、新型ウィルス感染症の影響で延びて6月半ばから撮影が開始された。私たち俳優は、本番以外はフェイスシールドとマスクをつけるという対策で慎重に進行していく。カメラテストまではマスクをして演るのだが、俳優としては相手の顔が確認できないことで、かなりのストレスがかかった。言葉が聞こえるだけでは人間の会話は成り立たないということを痛感した。しかし、この、ある意味で異常な状態でのドラマ作りは私にとって貴重な時間でもあった。それはハンデがある分、相手の人に「言葉の真意を伝える」ということに真剣に向き合えたからであろう。

ドラマは現在の流行りのものではなく、人間の生と死、命の問題を深く扱ったシリアスで硬派なドラマである。故に、実際に私自身が病で向き合った死というものにこだわり、緊張感をもって挑んだ。

私の撮影は先日7月31日を以てアップした。色んな意味を含めて忘れられないひと月半であった。ドラマの内容、感染症への注意等とともに、スタッフクルーとの意思の疎通をこれまで以上に大事に丁寧にした。特に監督の田中さんとは最後まで私の役の描写と方向性を話し合い、熱く丁寧でタフな関係でいられたと思う。私にはハードであったが贅沢な時間でもあった。そしてまだ少し不具合の残る身体の私をサポートしてくださったスタッフの皆さんには感謝しかない。感染症によるこれからのドラマ作りがどうなって行くのかはわからないが、このドラマがある分岐点になるのは間違いないであろう。

私は第3話のゲストとして出演します(10月3日放送)。観てくださいませ。

NHK土曜ドラマ「天使にリクエストを〜人生最後の願い〜」

主演;江口洋介       作;大森寿美男

音楽;河野伸        演出;片岡敬司、田中諭

制作;陸田元一、訓覇圭

2020919日放送開始 NHK総合/BSK  毎週土曜夜9時〜(全5回)

この街の書店が消えた

この辺りに移り住んで30年になる。周辺の街に比べてあまり変化がなく、公園を抱えて静かで落ちついた街である。それでも贔屓の魚屋さんがなくなり、旧い銭湯も消えた。そして今月、唯一の本屋さんが閉店した。日本橋に丸善本店、ネットでの通販もできるが、急ぎでない本は、取り寄せに時間はかかるが、私はこの本屋さんに注文していた。ベストセラーの類はあまり買うことはないので、私にはある種の自分の本棚感覚で馴染みがあった。やはり寂しい。

閉店の日に寄ってみた。少しベビーカーを引いたママさんの姿が目立つくらいで、入り口のドアに小さく閉店の報せが貼ってあるだけで淡々とした最後の日だった。寂しくはあったが大げさにイベントっぽくしないところが、この街の本屋の矜持があるようで良いなと思った。月刊の文芸誌を一冊抜き出し買った。散歩の途中でフラッと本屋さんを覗き、行きつけの喫茶店で煙草を喫んで時間を過ごす、私には当たり前だったことが消えていく…。が、この普通の日常があったことは忘れないでおこうと思った。

桜木紫乃作品『氷の轍』文庫化!その解説文を書く。

2016年、ABC朝日放送のスペシャルドラマ「氷の轍」に出演した。この縁で先日発売された文庫本に解説文を載せて貰った。3年前の釧路での撮影を一つ一つを思い出しながら、作家・桜木さんと、小説・テレビドラマ全てに関わられた人達に宛てた手紙を書くつもりで、敬意を持って書いたものです。

『氷の轍 北海道警釧路方面本部刑事第一課・大門真由』桜木紫乃 著。小学館文庫で発売中です。

秋の日に作家・島村利正を読む

猛々しいほどの夏の暑さから急に涼しくなり、大型の台風、大雨で、11月に入ると、真っ青の空が続く。こんな日は、以前は東京駅までバスで10分位の所に住む私は「一日旅」と名付けて、小田原、熱海、長野の善光寺・上田の柳町通りのルヴァンの二階、旧い街並みの栃木市と、朝早く出て夜には帰る日帰り旅をよく楽しんだ。

今年の秋は世の中が何やらやたらと騒がしい。書棚から島村利正の文庫本『奈良登大路町・妙高にて』を10年ぶりにぬきだした。秋の穏やかな日差しの中、島村利正を読む。奈良の飛鳥園には「奈良登大路町」に書かれた本の通りに行けた。飛鳥園には中庭があり、そこが喫茶になっており、飛鳥園で買った写真集などを見ながらコーヒーで寛いだ。

「仙酔島」の鞆の浦も福山での撮影ロケで行った。舟にも乗った。今もあの常夜灯が建つ、鞆の浦の美しい情景を覚えている。「残菊抄」は向島から大川を渡り柳橋、人形町、日本橋、菊を売り歩く娘の道順が今と変わらない。そして私のよく知る佃島の「佃島薄暮」。こうして、この秋の深い青空の下で再び島村利正の作品を読むと、その静寂さ、街並と風景が人の生き様と情に見事に絡み合い、小林清親の版画を観るが如く静止画の様でもある。書かれているのは昭和の初期と戦争前後の話であるが、人間のうたかたの生を、愛情を持って書かれていて、静かな励ましのようなものを感じ取る。

前にこの本を読んだ時には、次に長野に行く時は妙高高原まで行きたいと思っていた。それから随分時間はかかったが、いつか季節の良い時に妙高へは行きたいなと思っている。読み終えて、DVDで小津安二郎監督の「麦秋」をまた観る。

 

映画「駅までの道をおしえて」のこと

10月19日、「駅までの道をおしえて」の公開舞台挨拶があった。昨年の夏の終わりの頃に撮影した作品だ。

台本を読んですぐに決めた。グッとくる世界感が脚本にあったのだ。図書館に行き原作の伊集院静さんの本も読み、この映画に参加したい旨を伝えた。出演シーンはセリフもほとんどなく、主人公である孫のサヤカと2ページぐらいの出番であったが庭の縁側に座っている二人の描写が素晴らしかったのだ。

私はワクワクして衣裳合わせに行った。監督は野原に幻のプラットホームを作り本物の電車を使って撮影し、生者と死者が最後の別れの結界を設定すると言われた。そうフィールド・オブ・ドリームスか?! ぞくっとした。もう春夏秋冬一年以上かけて撮影して来ているクルーなのだ、CG合成ではない。私は気を引き締めた。

撮影は2ページほどであったが、朝から夜までビッチリ二日間かけて丁寧に撮られた。台本にサヤカのモノローグとしてあった「自分の周りから愛しいものが少しずつ去って行く気がした、いつか自分は一人ぽっちになってしまうのではないか…そう思った」という感覚を私は心の中でずっと持ち続けていた。

妻を亡くした祖父が縁側で呆然としていると、孫のサヤカが果物をそっと私の傍に置き横に座った。女優・新津ちせさん8歳。私は一気にこの世界に引き込まれた。俳優をしていると歳を取るという感覚がわからなくなることがある。私はおじいさん、老人という輪郭を俳優として自分に刻み込もうとその一歩を新津ちせさんのサヤカに、監督の時間をかけた丁寧なリードに任せた。

美術、メイク、衣裳、みんなが繊細な居住まいで、二人を包み込み、祖父と孫がお互いに亡くしたものへの感情が交差した。新津ちせさんの世界と交わり、まるで宇宙遊泳をしているように彼女に合わせることができたと思う。庭の花壇と孫以外のものは頭にない、俳優として演じるという意識下にないゾーンに入っていたのだろう、私はずっと胸が締め付けられていた。ワンシーンの無言の二人の存り様をまるまる二晩かけて監督は撮られた。今の映画の現場ではあり得ない時間を使って丁寧に描かれていた。

私は映画とは時間の切り取りだとも思う。刻々と過ぎる現実を、そして若さを老いを心情を切り取り残す。人が生きた様を日常のゆれを残す。この映画は新津さんのサヤカを通して、映画というものだけが持つ世界をキッチリと浮かびあがらせている。そして人が生きていくのに必ず通る様々な出逢いと別れを、大声を出さずに静かに、深く、誠実に、切り取っている。今の時代になくてはならない一本の映画だとも思った。

ラストシーンを撮る為に郊外の撮影場所に行った。夜の現場は夏草の生い茂る野原、スタッフさんを頼りに歩いて行くと、暗闇の前にボーッと灯りに照らされたプラットホームが浮かび上がっていた。その幻想的な美しさに胸が詰まり、私はまだ撮影前なのに、手作りの素晴らしい仕事を見せられた故か別れのシーンを撮る緊迫感からか、こみ上げてくるものを抑えきれなかった。そこはそのプラットホームは紛れもなくこの映画を創る全ての人達の行き交う夢の踊り場だなとも思った…。

映画「駅までの道をおしえて」原作・伊集院静、監督・橋本直樹、主演・新津ちせ。

公開中です。

 

 

新しい世界に踏み込んだ。

先日、NHKFMのオーディオラジオドラマを演り、録った。ラジオドラマの仕事はまるっきり初めてといえる。もちろん、オーディオの仕事をやらなかったのには、私なりの理由と考えがあり確信的であった。それが何故⁈

演出の真銅さんは30年位前に印象的なドラマでご一緒していて、彼がこの世界で頑張っていたのは当然知っていた。仕事を通してお互いに逢いたいなという気持があり、そして滝本祥生さんの脚本が、映画の隅っこにいる役者である祖父と孫娘の日常がリリックに説明的でなく書かれていて、ストレートに今の自分の気持がのせられた。70歳にしてラジオドラマへの冒険で、潰れた声をもってマイクに向かった。結果はわからないけれど、相手の若い女優さん二人にうまく引っ張られる形で、スタッフの周到なメカのお陰で、私なりのニュアンスというかタッチは出たかなと思う。私はこの新しい世界に紛れ込み、充実した気持ちの良い時間を過ごすことができて、自分の長い俳優としてのキャリアに一本のラジオドラマというものが加わり、嬉しいなというシンプルな感慨が残った。

星野源君のこと、ダ・ヴィンチ「いのちの車窓から」に寄せて

忘れられない撮影の日々。二年前、父と子として出逢い交わした台詞、あんなに温かくフラットに居られ、芝居ってこんなに楽しいものなのか、と思わせてくれた星野君。その時のことは、2017年の私のホームぺージのNOTEの欄でも書きましたが、親子の台詞の間に挟まれた、貴方の優しくて強い「だったら、生きろよ…」「生きてくれよ…」のアドリブは今も私の胸の奥に深く残っています。

スタジオ前のソファーに座って語り合った静かな安らかで大切な時間。植木等さんとの社食のエピソードは、やはりドラマの地方ロケで御一緒したクレージーキャッツのワンちゃんこと犬塚弘さんにしか話していない。星野君も犬塚さんも神妙に聞いてくれ、深く頷いてくれた。単なる笑い話ではない、人間の人格というか品格というものの話なのだということがわかりあえた気がして、それが嬉しかったです。

初めて会って、歳もすごく離れているのに友達になってくれた星野君。私は今も本番前には、目を瞑り何かに祈っています。こうして星野君のエッセイを読むと、あの撮影現場が幻ではなかったのだと思い、その二人の間に在った時間と空気感に「ありがとう、ありがとう」の気持ちです。

NHK大河ドラマ「いだてん」2019年

昨年11月、NHK大河ドラマ「いだてん」に犬養毅首相の役でとのオファーがきた。

宮藤官九郎さんの脚本、6年前にやったあの朝ドラ「あまちゃん」のメインのスタッフクルーだ。この身体で皆に逢えた。やはり、ある感慨があった。

本番前日のリハーサル。P訓覇、D井上、桑野、一木、大根諸氏。俳優は、主役である阿部サダヲさん、高橋是清役の萩原健一さん、犬養毅役の私の三人。

気の入ったリハーサルだった。萩原さんは昔、神代辰巳監督の映画でご一緒したことがあった。リハーサルでの彼は、監督達との打合せは念入りで、その度に台本にキッチリと何かを書き込んでおられた。次の日の本番、宮藤さんの世界を知り尽くした阿部さんに私は任せた。萩原さんには何とも言えない色気があった。

残りのシーンは年が明けて今年の撮影であった。私の回は資料も残っている宰相・犬養毅であり、桑野君の演出で上手くリードしてもらった。本番中はセットに井上Dも居てくれて見守っていてくれ、メイクの馬場さん、カメラの佐々木さん、衣裳は私の映画デビュー時の宮本まさ江さん。皆の気を吹き込んでもらい何とか精一杯を出せたと思う。宮藤さんの書かれた「いだてん」の中で犬養毅という人の輪郭に迫れることが出来たと思う。

さすがに、私のラストシーンが撮了した時は胸が締め付けられ少し泣いた。宮藤官九郎さんのクオリティのある良い作品を作っている気概と、物語というものに立ち向かう姿勢、ガッツにあふれた、「あまちゃん」の時と変わらずカッケースタッフだった。

そして、ご一緒した萩原健一さんのご冥福を心から祈る。

 

2018年 ドラマ「この世界の片隅に」この夏の日々を思う

連日の猛暑の中、オープンセットに実物大に作られた井戸の前に座っている。季節は冬のシーン。私の前を冬衣装の径子さんが走り抜ける。テストから全力の走りを何度も繰り返す、尾野真千子さん。引き返して私、爺ちゃんの前に来た時は額には玉の汗、息切れも本物である。

物語を撮っているのは無論のことだが、監督、スタッフはその生きている人間の汗、命の営みを繰り返して撮っている。生きている人間はうまく、きれいには割り切れない。その割り切れない奇数がために、俳優も監督スタッフも身体を使い削る。すずさんたち女の人たちの心の動き、日常生活を全9話、約10時間の放送で、撮影はこの夏の途方もない時間とディレクションの作業の背後がある。生活を生活者の細部を描くということは、その映らなかったものも含めた、俳優、スタッフ、制作者たちの時間と作業の賜物である。そうして、私たちは見知らぬ世界を、そして見知らぬ他者を知る。この作業と労力が、エンターテイメントとしてのテレビドラマが作品と呼ばれていくもののすべてだと思う。

台本の現代編に香川京子さんの名前を見た時は驚き、そして喜びと同時に、このドラマをより緊張感を持って演らねばと思った。小津安二郎、黒澤明監督らの映画のミューズ、香川京子。私も映画で一度共演させてもらいました。その品格と静けさ。ドラマ「この世界の片隅に」における香川京子さんのリアルな身体性と存在は、あの時代を、戦中戦後を実際に生きてこられた人が登場することでドラマにより深い真実味をもたらす。

この暑い夏の日々に、「この世界の片隅に」をこのセットの片隅で、あの時代を生きた人たちへの畏怖と敬意を持って懸命にドラマに捧げるスタッフと共演者を私はリスペクトし、一員であることを誇りに思う。